第001話 深奥のエルフェリアを求めて


序章 つまらない人生からの脱却へ


「はっ!……ここはどこだ?」
 冴えない風貌の中年男性が顔を上げる。
 辺りには誰も居ない。
 どでかいドームの中の様だ。
「目が冷めたか下郎」
 突然、声がする。
 先ほど言ったように辺りには誰も居ない。
 そう、居なかった。
 ――居ないはずだったが、三人の美少女が突然現れた。
「誰だ?お前達は?」
 中年男性が叫ぶ。
 それに答えるかの様に真ん中に立っていた女性が話し始める。
「貴様ごときに名乗りたくもないが、私の名前はレリラル。マカフシギ家の当主だ。右はジェンヌ、左はナシェル、二人とも私の妹だ。人生の最後に忍び込んだ屋敷の主の名前を知らんという事はあるまい」
「あ、あぁ……」
 しだいに中年男性の記憶が鮮明になってきた。
 そうだ、ここは恐らくマカフシギ家の屋敷の一つかもしれない。
 続けて、ジェンヌが口を開く。
「クォンデル・ラッシュアワーダ、享年34歳。間違い無いわね?」
 確かに中年男性の名前はクォンデル・ラッシュアワーダに間違いはないが、彼女は享年と言った。
 享年とは故人に対して使う言葉だ。
 クォンデルは生きている。
 この場合、適当な言葉ではない。
「お、俺は生きているぞ、何だよ、享年って?」
 否定するクォンデルに対して、ナシェルが説明する。
「それは、私が結果をねじ曲げて、生かしたからよ。本来、あなたは存在が抹消されていたの」
「な、何をバカな……」
 震えるクォンデル。
 そんな彼をまるでゴミでも見るかのようにレリラルが……
「クォンデル・ラッシュアワーダ34歳、幼い頃は神童と呼ばれ、そこそこの頭の出来だったようだな。惑星ローデンの最高ランクの大学に入ったは良いが、大学院に進んだ時、自分より頭の良い人間が数名出てきた事により落胆、挫折した。大学院を去り、その後、一流企業とやらに就職。が、同僚となじめず、やっても居ない失態を押しつけられ退社。その後、職を転々とするも人間関係でなじめず、転職を繰り返す。最後にはコソ泥にまで落ちぶれて、逮捕される。出所後、やけになり、盗みを繰り返し、我が屋敷に侵入。防犯システムに引っ掛かり、存在を抹消される……ふんっ、全くつまらん人生だ。創造性がかけらもない。相違ないな、ジェンヌ?」
 と言った。
 ジェンヌは
「えぇ、お姉様。私の情報ではそうなっています」
 と告げた。
 それを聞いたクォンデルは激昂した。
「ば、バカにするな、小娘共が。俺は、凄いんだ」
「ふん、凄いものか。貴様のようなのを使えんクズというのだ。貴様の知識など、ジェンヌの情報網に比べれば塵にも満たん」
「お前達に何が解る。俺の苦しみが」
「では、貴様には我らの苦しみが解るのか?」
「な、何……?」
「ふんっ、反吐がでる。何故、私が貴様の苦しみとやらを理解せねばならん……」
「お姉様、本題に……」
「そうであったな。一応、説明をしてやる。貴様は生まれ変わり、第二の人生をやり直す。我らが手足となる人生を歩んで行くことになる。感謝しろ、泣いて喜べ」
「何をバカな……」
「拒否は認めん。拒むなら無に帰すだけだ」
「そんな……」
「私は存在の設定を変更する力を持つ。その力により、貴様を勇者にしてやろう。感謝せよ」
「な、何を……」
 クォンデルの意識は遠くなった。


第一章 手紙


 クォンデルが再び意識を取り戻した時、レリラル達の姿は無かった。
 代わりに数枚の紙が置いてあった。
 あたりを確認する。
 この場所は既に、マカフシギ家の敷地ではない。
 どこかの草原だ。
 クォンデルはとりあえず、数枚の紙を読んだ。

 その手紙によると――

 クォンデルはレリラルの存在の設定を変更する能力により、半分の17歳の肉体に変えられたという事だった。
 そして、ある男の要素を0.0003パーセントだけ盛り込んだという事だった。
 ある男の名前は芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)と言った。
 その吟侍という男はレリラル達が注目している存在で、ジェンヌの情報網でも殆ど知る事が出来ないという。
 要するに、擬似的に劣化版の吟侍を作り出し、そのデータを収集したいと言うのが彼女達の目的だった。
 そのモルモットとしてクォンデルが選ばれたという事だった。
 ふざけるなとは思いつつ、二枚目からの数枚を見ると、
 【ファーブラ・フィクタ神話】の事が書かれていた。
 特に、最強の化獣(ばけもの)クアンスティータを頂点とする13核の化獣の事を重要視した内容だった。
 13核の化獣の内、世界そのものを持っているのは4核のみ。
 すなわち、1番の化獣ティアグラ、7番の化獣ルフォス、12番の化獣クアースリータ、そして、24もの世界を持つ13番の化獣クアンスティータの4核だ。
 他の9核の化獣は勢力という集団を出す力は持つが世界自体は持たない。
 ただ、勢力を所有しているだけでは、個々の成長はない。
 そこで、9核の化獣は現実の世界に勢力を出現させて成長させているという。
 レリラルの末の妹、フェンディナが手にした10番の化獣ティルウムスもまた、そうしていると書かれていた。
 が、冒険者としてクォンデルが関係する事になるのは、ティルウムスでも、ましてやクアンスティータでもない。
 四番のクルムレピタークという化獣だ。
 クルムレピタークの勢力は脳みそが無い巨大な怪物、巨獣徒(きょじゅうと)とそれを操獣(そうじゅう)するブレインパイロットで構成される。
 ブレインパイロットはパラサイトルームカプセル(Parasite room capsule/PRC)に乗り込んで、巨獣徒に寄生して、戦うのだ。
 近いイメージで言えば、巨大ロボットに乗って戦うという事で、それが、巨大ロボットではなく巨獣徒という巨大生物であるというだけの問題だ。
 クォンデルはブレインパイロット(Brain pilot/BP)として、力のある巨獣徒を取って来るという使命を受けたのだ。
 レリラル達はそれを戦力として使いたいらしい。
 最低限欲しい巨獣徒の名前も記されている。
 【深奥100傑選、エルフェリア】と書かれていた。
 エルフェリア――それが、クォンデルの目指す、目標となった。

 最後の一枚は地図と指示が書いてあった。
 ある地点にはブレインパイロットを持たない巨獣徒が数体捨てられていると書かれている。
 それを奪って、行動を開始しろというものだった。
 やりたくはないが、逆らえば存在の抹消が待っている。
 レリラルの肉体の設定を変更する力により、クォンデルはブレインパイロットとしての適正はクリアしているはずだ。
 現に、自在にパラサイトルームカプセルを出し入れが出来る様になっている。
 ――やるしかない。
 とりあえず彼はその場所に足を向けた。


第二章 ゴブリックの沼地


「何で俺が……」
 クォンデルはブツブツつぶやいた。
 無理もない。
 彼は、レリラル達が欲しがっているエルフェリアという巨獣徒の事など、どうでも良いし、それが、どんな物かも想像もつかないのだから。
 ただ、彼は人智を越える力により、コソ泥からブレインパイロットに無理矢理クラスチェンジをさせられてしまっている。
 逆らえば何をされるか解らないからとにかく、やるしかないのだ。

 しばらく進むと大きな沼地に出て、底に大きな影が数体見えた。
「で、でかっ……」
 クォンデルはその大きさに圧倒される。
 その影は4、50メートルはあるからだ。
 巨獣徒と言うのはこんなにでかいのかと思った。
 こんなのが暴れたら、都市部のビル群なんてあっという間に崩壊してしまうのではないかと恐怖を覚えた。
 レリラル達が戦力として欲しがるのも頷けた。
 クォンデルは早速、PRCに乗り込んで、巨獣徒を検索した。
「……ZAC−O−Goblick……ゴブリックか……ランクはGランク。最低レベルの巨獣徒か、とても最低レベルとは思えない迫力だけどな。他の数体も全部、ゴブリックタイプの巨獣徒みたいだな、さて、どうするか……」
 さて、どうするか……
 以前の彼からは考えられない思考だった。
 彼は今まで与えられたものに対して、事務的にこなしていたタイプの人間だったからだ。
 自ら考えて答えを導くという事は不得意だったのだ。
 それが、自分から新たな答えを探し出そうと思考している。
 どうやら、この部分が芦柄吟侍という男の要素のようだ。
 クォンデルの思考回路が吟侍よりに設定しなおされているようだ。
 恐怖より、ワクワク感の方が先に出ている。
 冒険を楽しもうという感覚に囚われている。
 以前の自分なら間違いなくトンズラ……逃げる事を選択している。
 これは、絶対に自分じゃない……そう思った。

 しばらく待つと――
 遠くの方に近くの村人らしき人間達とそれを捕まえて歩かせている悪党らしき者達が連れだってやってくるのが見えた。
 ゴブリックの近くに来て村人から何かを出させる。
「あれは……」
 クォンデルのものよりみすぼらしい出来だが、明らかにあれもPRCだ。
 ――という事はゴブリックに乗るつもりなのか?
 恐らく、村人を脅してPRCを出させて、それをぶん捕ってゴブリックに乗り込むという腹積もりなのだろう。
 PRCを出した村人数人は悪党に斬り殺された。
 用済みという事なのだろう。
 殺された村人の家族らしきものが骸に駆け寄る。
 泣きじゃくっている。
 高笑いをする悪党達。
 自分には関係ない事……今までの自分はそうだった。
 だが、今は胸の奥でどうしようもない正義感が湧きたつのを感じる。
 理不尽に対する猛烈な怒りが自分を動かそうともがいているのを感じる。
 戦闘経験のない自分があの中に行けば、自分も殺されるのはわかっている。
 わかっていてもどうしようもない気持ちが次から次へと湧きあがってくる。
 このままでは悪党に飛びかかってしまう。
 そんなことをしたら殺される。
 死にたくない……。
 その気持ちで抵抗する。
「うおおおおおおおおおぉぉぉっ」
 だが、飛び出してしまった。
 もう逃げられない。
 わずかな抵抗がPRCを出して乗り込み、そのまま近くのゴブリックの額に吸い込まれていった。
 ――ブウン……
 ゴブリックの目が赤く光る。
 悪党達は奪ったPRCに乗り込み他のゴブリックに乗り込む。
「この野郎、俺達が目を付けたゴブリックを奪いやがって……」
 クォンデルが乗り込んだため、一人、ゴブリックに乗れなかった悪党がにらむ。
 他の悪党が乗り込んだ八体のゴブリックも目を光らせる。クォンデルと同じ赤い目が一体、青い目が二体、黄色い目が三体、緑の目が二体だ。
 ゴブリック──最下級の巨獣徒……その数は三百四十五垓(さんびゃくよんじゅうごがい)と最も多い。
 垓とは億…兆…京の次の単位だ。
 相当多い。
 同じゴブリックでも系統はいくつか分かれるようだ。
 その目の色で属性が大体わかるようだ。
 クォンデルの乗り込んだゴブリックの属性は火と言ったところだろう。
 その事はゴブリックに乗り込んだ時、情報として頭に入ってきた。
 それにしてもこれだけバカでかい巨獣徒をそれだけ所有しているクルムレピタークという化獣はどれだけ凄いんだと思ってしまう。
 【ファーブラ・フィクタ神話】において、神御(かみ)や悪空魔(あくま)の脅威と言われていた化獣の凄さを改めて実感するのだった。
 こんな巨大なものに大勢で攻め込まれたらどんな組織だってひとたまりもない。
 クォンデルは身震いした。
 が、同時に、敵である悪党達を前にして、他の事を考えられる余裕がある事に驚いた。
 本能の部分で、目の前の敵は大したことがないとわかっているのだ。
 そう、生まれ変わる前の自分のように……

 悪党達はゴブリックの操獣に四苦八苦しているようだ。
 元々、村人達の所有していたものだ。
 クォンデルの様に本能的に使い方がわかってしまう方がおかしいのだ。
「へ、へへ…うへへ……」
 クォンデルはにやつく。
 悪党達を対巨獣徒戦の練習台として使う事に決めたのだ。
 動きがぎこちない敵ゴブリックに近寄り、額の部分を殴りつける。
 額の部分にはPRCが半分出ているからそれが弱点になる。
 質の悪いPRCでは耐久力も大したことない。
 クォンデルのゴブリックの拳でぺしゃんこに押しつぶされた。
 クォンデル始めての殺人だ。
 だが、興奮してしまっている。
 戦うという事の雰囲気にのまれてしまっているのだ。
「つ、次はこれだ」
 ボッ……
 ゴブリックの口からブレス・バーストが飛び出した。
 敵ゴブリックの背後にあった大きな山脈が簡単に吹き飛んだ。
 尋常じゃない破壊力だ。
 が、敵ゴブリックは無事だった。
 額のPRCが悪党ごと焼きつぶされてしまっていたが……。
 ゴブリックの耐久性がものすごい事を物語っている。
「ひ、ひぃ……」
 クォンデルは恐怖した。
 ちょっとした攻撃のつもりで放ったブレス・バーストの破壊力が物凄かったからだ。
「ざ、雑魚キャラじゃなかったのか……」
 クォンデルはゴブリックの事を掃いて捨てる程いる雑魚キャラとして認識していた。
 その数があまりにも多かったからだ。
 だか、明らかにゴブリックの戦闘能力はその辺の物語ならば、ボスキャラとして通用するようなレベルだ。
 こんなのがうじゃうじゃ暴れだしたら星なんてあっという間に穴だらけの死の星になるは容易に想像がつく。
 この戦闘能力は、とても最下級とは思えなかった。

 ふと、周りを見ると、クォンデル以外の人間はいなかった。
 悪党も村人も全員クォンデルがゴブリックの手で消滅させてしまったからだ。
 辺りには敵味方合わせて九体のゴブリックが残された。
 これだけ大規模な被害にも関わらず、ゴブリック自体は殆どダメージを負っていない。
 主(悪党)が消滅した敵ゴブリックは再び、動かなくなった。
「こここ、殺してしまった……殺してしまった……」
 クォンデルは独り言を繰り返す。
 自分は村人を助けるために飛び出した。
 だけど、村人も含めて、皆殺しにしてしまった。
 自分の性格と吟侍という勇気の部分がかみ合わない。
 空回りして、悲劇を引き起こしてしまった。
 自分はヒーローにはなれない……。
 そう思って涙した。
 彼は、震えながら、一晩、ゴブリックの中で過ごした。


第三章 次の出来事への道しるべ


 翌日、クォンデルはPRCに乗り込み、ゴブリックの沼を離れた。
 そして、とある町に立ち寄った。
 ゴブリックの沼からは100キロ近く離れている。
 レストランで昼食を済ます。
 そこで、他の客の噂話を聞いた。
 この町でも大地震が起きたという事と遠くの景色が突然、変わったという事だ。
 大きな光があって、そのあと、爆音とともに、物凄い噴煙が出たという噂だった。
 火山が爆発したという事で認識されていた。
 そんなバカな……あそこら辺の山は全部、死火山だという事も言われていて、その辺の情報があいまいになっていた。
 100キロも離れているのに、爪痕はこの町にまで届いていた。
 その噂話が嫌で、クォンデルはレストランを飛び出した。
 料金を払っていなかったので、店員につかまり、こっぴどく怒られた。
 警察に突き出されなかったのは運が良かったのかも知れない。
 怒られたという事よりも、景観を変えてしまったのが自分だという事がショックだった。
 昨日の戦闘が思い出され震えが止まらない。
 単なるコソ泥だった自分が殺人を犯しているという現実が受け入れられないでいた。
 ゴブリックの沼からさらに遠ざかりたいと思って、PRCを出すと、後ろに誰かが乗って来た。
「ちょっ……」
「出して」
 言われるがまま、PRCを動かし、その場を離れる。
 突然乗り込んで来た同乗者を乗せて、そのまましばらく道路を走る。
「………」
「………」
 沈黙が支配する。
 元々人づきあいが苦手なクォンデルが何処の誰ともわからない人物との会話が弾む訳もなかった。
 お互い黙ったまま、小一時間程経った頃──
「――止めて」
 同乗者が言った。
「あ、あの……」
 クォンデルも口を開くが何を言ったら良いのか全くわからないので、言葉として成立しなかった。
「送ってくれてありがとう。僕の名前はトリプル、君は?」
 トリプルと名乗った少年がクォンデルに話しかける。
 女の子かと思ったが、どうやら男性の様だ。
「お、俺は、クォンデル……」
「ふーん、クォンデル君ね……どうやら、君は、よそから来たみたいだね。でも僕らの世界にかかわろうとしている……違う?」
「お、俺は、来たくて来た訳じゃない。ここはどこかもわからないし、何をしたら良いのか……」
「何か、訳ありの様だね。あいにく、僕は忙しい……君とかかわっている暇はないんでね。僕の妹に紹介状を書いてといてあげるよ。後はそこで、自分の身の振り方を考えるんだね」
 といった。
 そして、その言葉に呼応するかのように、近くの湖からザバァっと音を立てて、何かがせりあがってくる。
 ゴブリックよりもはるかに禍々しいイメージの巨大生物、巨獣徒が出て来た。
 その巨獣徒にはサブアタックシステムと呼ばれる追加装備がされている。

 サブアタックシステムとは――
 特殊能力を指すスペシャルハイエフェクトと、巨獣徒が大きなダメージを負った場合、より強力な姿に産まれ直すカスタムバースと並んで巨獣徒の三大能力と呼ばれているものの一つだ。
 巨獣徒には雄型(おがた)と雌型(めがた)が居て、腕力や攻撃力は基本的に雄型の方が強い。
 が、基本的にカスタムバースは雌型が雄型の核を食べることでより強力な姿に生まれ変わる事が出来る能力である。
 力の弱い雌型が雄型を食べるには雄型を雌型が倒さなくてはならない。
 雌型が雄型を食べるという行為は巨獣徒にとっては人間で言うところの生殖行為にあたる必要な行為だ。
 子孫を残す為に雌型は雄型を食べなくてはならない。
 そこで、雌型の強さを雄型よりも引き上げるためにあるのがサブアタックシステムだ。
 そのサブアタックシステムの中に、ディアティアラ(ブロック)と呼ばれている装備がある。
 別名コスモティア/宇宙の涙とも呼ばれるそれは、本体である雌型の巨獣徒の周りを衛星の様に回っていて、獲物である雄型の捕食時やライバルである雌型の巨獣徒に対して主となる巨獣徒を守るために自動的に攻撃を仕掛けてくれるものだ。
 ――が、目の前の巨獣徒は雄型なので、ディアティアラではなくディアクラウン(ブロック)と呼ばれている。
 雄型のサブアタックシステムは非常に珍しいとも言える。
 このサブアタックシステムのタイプはオールイータータイプと呼ばれ、敵に近づくと敵を喰らって装甲などをこそぎ落としたりもする凶悪な装備だ。
 それが、2つ、巨獣徒の周りを回っている。
「な、なんだ、これは……?」
「BOS−S−Belialevy(ベリアルヴィ)──僕の巨獣徒だ。君が操ったゴブリックより遥かに上のレベルの巨獣徒だよ。この銀河くらいなら一瞬もかからず、消滅させられる力を持っているよ。星の地面上での戦闘には限度がある。やるなら宇宙空間のボイド――超空洞でやりなよ。それが、巨獣徒を使う者のマナーってやつさ。じゃないと壊れちゃうよ、こんな小さな星くらい――簡単にね」
 トリプルは見ていたのだ、クォンデルと悪党の戦闘を。
 その上で忠告に来たのだ。
「え、えと……」
「ここから南に30キロくらい行ったところに、ベースキャンプがある。そこで、このカードを見せなよ。これは【顔パスカード】と言って僕の紹介状代わりのカードさ。10番の化獣ティルウムスの関係者かと思って見に来たけど、君は利用されているだけみたいだね。被害者に対していちいち目くじらをたてるのも大人げないから見逃してあげるよ。後は君の好きに行動したら良い。魔女共との縁はたった今、切らせてもらったしね」
 それだけ言うと、ベリアルヴィに乗って去って行った。
 魔女とはレリラル達の事だと本能的にわかった。
 レリラル達に植えつけられた呪縛を断ち切ってくれたという事なのだろうか?
 クォンデルは自分の理解できないところで物事が動いている事に翻弄されていた。
 クォンデルは迷った。
 自分が何をすれば良いのかよくわからなくなったからだ。
 だが、トリプルの言った事が本当ならば、ゴブリックよりも上のレベルの巨獣徒を手にすれば、自分の戦力になるのではないかと思った。
 このまま、元の世界に戻れば、レリラル達に殺されるかも知れない。
 だとすれば自分を守る武器が必要だ。
 それには、巨獣徒を手に入れるのが一番だ。
 レリラル達の欲しがっている巨獣徒エルフェリアというのを手に入れれば、あの魔女達との取引材料にはなるかも知れない。
 そう考えて、改めて、エルフェリアを追う事に決めた。
 そうすると、まずは、巨獣徒の周りの世界を知らなければならない。
 それには、事情の知ってそうなトリプルの指示してくれた世界に身を置くのが一番の近道かも知れない。
 今は余りにも何も知らない。
 知らないという事はただ、怯えているという事だ。
 この恐怖に打ち勝つには知ることが必要だ。
 この世界にはどんな力があり、どんな事ができるのか?
 知ることで恐怖はいくらか和らぐはずだ。
 そう結論付けたクォンデルはトリプルの妹に会う事に決めた。
 彼はベースキャンプに向かった。

 ベースキャンプについてからはとんとん拍子で、どんどん、クォンデルにとって場違いな場所に連れていかれた。
 その事からもトリプルは相当な大物だったという事が推測出来た。
 八回目の移動の後、ようやく、トリプルの妹という少女に会う事が出来た。
 名前はクアドラプルと言った。
「君が、トリプルお兄ちゃんの言っていたクォンデル君ね。話は聞いているわ」
「え?」
 クアドラプルの言葉にクォンデルは驚く。
 何せ、トリプルとは別れたばかりで、彼と話したとはとても思えなかったからだ。
 電話か何かで話したという感じでもないしどういう事かと思ってしまう。
 だが、八回も移動しているし、その間に何かの連絡手段で連絡を取ったのだろうとさして気にもとめなかった。
 目の前に居る少女が10番ティルウムスの関係者で言えばレリラル達に値するの立ち位置にいる大物であるという事等、夢にも思っていなかった。
 10番ティルウムスはマカフシギ家の末の妹、フェンディナの中に眠っているが、4番クルムレピタークは10人兄弟が共通して、シンクロしていて、上位の巨獣徒をほぼ独占している。
 トリプルは三番目、クアドラプルは四番目の兄弟にあたるのだ。
 ほぼ、という言い方をしたのは例外があるという事でもある。
 その例外こそが、エルフェリアでもあるのだ。
 そんな事情など、かけらも気づかず、クォンデルはクアドラプルから巨獣徒の世界の説明を受けるのだった。


第四章 神話


 かつて、神御や悪空魔と戦った化獣の一核である四番クルムレピタークは立方体の物体のそれぞれの面に三本ずつ触手がくっついたような姿をしているとされている。
 多くが人間に近い形状を持っている化獣から見れば異質な存在だが、七番の化獣ルフォスがネズミの様な姿をしている事から考えれば、人型でなくても別に不思議という訳ではない。
 むしろ、化ける獣と書いて化獣なのだから人と違う姿をしているのが普通なのだ。
 神話の時代、愛娘、レインミリーを傷つけられた父ファーブラ・フィクタと母ニナは人間、神、悪魔に対する憎しみの結晶として、十三核の化獣を産み落とすことにした。
 核とは化獣を数える単位であり、元々は核であった状態をファーブラ・フィクタとニナを通す事で、化獣として、命を得た生物をさす。
 残念ながら、神話の時代、十三核全ての化獣は産まれ出でる事は叶わなかったが、最後の十三番目に産まれるはずだったクアンスティータの存在は人、神、悪魔にぬぐい取れない深い恐怖として印象に残った。
 神話の時代には九核の化獣が誕生し、クルムレピタークは四番目に産まれているため、当然、物語も存在する。
 神話に登場する化獣もタイプは二つに分かれ、自らの力を主として戦ったタイプと自らが所有する勢力、世界を主として戦ったタイプに分類される。
 前者は七番の化獣ルフォス、後者は一番の化獣ティアグラが代表格である。
 ルフォスは自らを最強とするために戦い、ティアグラは最強の支配者を目指した。
 クルムレピタークはティアグラと同じ所有する勢力、世界を主として戦ったタイプの化獣だった。
 ティアグラは世界を所有していたため、世界を主に、クルムレピタークは世界を持っていないため、勢力を主にしているという違いはあったのだが。
 そのクルムレピタークの主戦力となったのが、巨獣徒だった。
 見た目の派手さもあったが、神や悪魔が最も恐れたのは巨大な体躯を誇る巨獣徒だったとされる説も存在する。
 大きな身体に対抗する為に、神や悪魔も巨人族の力を借りたりしたが、多勢に無勢――あまりにも大勢いる巨獣徒に対しては劣勢にならざるを得なかったとされている。
 (巨獣徒との戦いで巨人族が激減したという説もあるが……)
 が、その大元の力の源であるクルムレピタークの封印を神と悪魔の連合軍が成し遂げたため、巨獣徒は急速に力を失って言ったとされている。
 残された巨獣徒は強固な身体をしているため破壊する事が出来ず、神と悪魔は脳の部分を切り離す事で神や悪魔、人に従う従順な道具として利用する事を考えた。
 それが、現在のパラサイトルームカプセルとして残っている。
 巨獣徒は神話の後も度々、歴史に登場している。
 その巨大過ぎる力を利用して、世界の支配を考えようと考える愚か者、破壊して無に帰そうとする破滅主義者、神の威光を示そうとする狂信者などの手により、度々世にでているが、いずれも最悪な結末を迎えていた。
 そのため、【破滅への遊具】とも呼ばれていた。
 クォンデルが関わろうとしているのはそんな危険なものでもあるのだ。
 その事をクアドラプルから聞かされた彼は、元の弱さと吟侍の部分の強さとの間で葛藤を繰り返した。
 進むべきか退くべきか――
 悩んでも悩んでも答えは出てこない。
 ただ、何となく、主役となれる信念を持たぬ者には手に余る代物だという事は解った。
 臆病で、自分の事しか考えず、他者に厳しく、自分に甘い人間が手にしても後で待っているのは悲惨な末路しか残らないというのは解っていた。
 解っている――解っているのだけれど、愚かな自分が楽して最高の力が手に入ると浮かれるのも感じる。
 心の強さと弱さ、吟侍の心とクォンデルの心のまるで水と油のような気持ちのすれ違いが彼の気持ちをかき乱す。
 冷静な吟侍としての気持ちが欲をかいてもろくな事がないと諭すが、視野の狭い、単純なクォンデルの気持ちがもしかしたら、旨い汁が飲めるかも知れないという欲求を出して来る。
 クォンデルの気持ちを察したのか、クアドラプルは――
「君は、興味深い部分と軽蔑に当たる部分が内在した不思議な人だね」
 と言った。
「あ、あの…どういう……」
「君はまず、自分自身と向き合った方が良いよ。内なる可能性は少しあるみたいだけど、今の君なら犬死にしか見えないよ」
 その言葉で冷静な部分が、今の自分には冷静に物事を判断する力も何かを切り開いて行く力も全く足りていない。
 このまま、事に当たれば、意思の強い者に対した時、確実に殺される。
 そう判断できた。
 今の自分では自分には力が無いというのが解る。
 今までの人生がどれだけものを考えずに、ただ、言われた事だけをやってきたのかも解った。
 そう思うと……
 すうっ――
 涙が頬を伝った。
「あ、あれ?……な、何で涙が?」
 訳がわからなくなり、慌てる。
 が、クアドラプルは理解しているかのように。
「その涙の意味が解るようになったら君は生き残れると思うよ。解らなければ死ぬだけだ」
 と言った。
 俺は本当は34才だ。
 半分も生きていないようなガキが何偉そうに言っているんだ。
 と思う自分がいる。
 自分はこんな少女にも劣る思考力しか持ち合わせていないのか。
 大切なものも何もない、何てつまらない人生なんだ。
 と思う自分もいる。
 二つの異なる感情が入り交じり、表情がこわばった。
 どう反応していいのか全くわからない。
 コミュニケーションが元々苦手なのが更に輪をかけて彼をぎこちない反応にさせていたのだった。
 クアドラプルとの会話はそこまでで、途中で彼女の方に用事が出来たらしく、席を外した。
 ポツンと残されたクォンデルはどうしようもない劣等感を苛まれていた。
 本能の方では解る――自分はあの少女より遙かに小物だということが。
 だけど、自分は勉強は出来たんだ。 
 だから、優秀なはずなんだというつまらないプライドが邪魔をして、それを真っ正面から受け止めるのを拒否している。
 車で表現するならブレーキを踏みながらアクセルを踏んでいる感じだろうか。
 力が空回りしているのを感じてイライラしていた。

一方――

 席を外したクアドラプルはトリプルとテレパシーで話していた。
(どうだい、彼を見た感じは?)
(そうね……何とも言えないわ。大物になる素質を持った小物というのが、正直な感想ね。気持ちの持ち方次第でどうとでも転びそうな危うい性格よね、彼は)
(だろうね。うちの勢力として取り込もうとも思ったけど、今の彼は余りにも使えない。このままでは、足手まとい……ゴミを取り込むようなものだからね。しばらく泳がせて、世界の厳しさに揉まれてもらうのが適当と僕は判断したんだけど、クアドラプルはどう思う?)
(私もトリプルお兄ちゃんと同感よ。今の彼は余りにもダメ過ぎる。仲間にしても組織を腐らせるだけだわ。追い込んで見て、内に秘めた何かが覚醒した時、彼は使える人材として成長するんじゃないかしら)
(じゃあ、放り出してもらおうかな?――もし、死んだら死んだでそこまでの人間だったという事で。簡単に死ぬような人材は初めからいらないしね)
(そうね。じゃあそういう事で)
(よろしく)
(了解)

 クアドラプルの帰りを待っていたクォンデルは両腕を黒服の大柄の男達に掴まれ、そのまま、目隠しをされて来た道を逆に戻って行った。
 そして、何だか解らない場所に放り出され
「健闘を祈る」
 との言葉だけ残された。

 呆気にとられるクォンデル。
 自分の知らない所で何かが動いているとは思っていない。
 いや、思っているが、愚かな自分がそれはないと否定している。
 しばらく黙ってポツンと待っていたが、何もおこらないのを感じ始め、トボトボとその場を後にした。
 彼はまた、PRCで旅を続けた。
 行く当ては無い。
 ただ、道なりに次のイベントを求めてさまよった。


第五章 再びゴブリックの沼地へ


 旅を続けるクォンデルだったが、何も起こらないので、踵を返し、再びゴブリックの沼地に向かって進んでいた。
 大分先に進んでしまっていたので、戻るのにもかなり時間がかかりそうだ。
 この辺の段取りの悪さというのも元のクォンデルの資質とも言えるだろう。
 時間もかかるので、目的地をゴブリックの沼地に設定して自動運転にした彼は、PRCに内臓されている、デジタルデータを読む事にした。
 彼が興味を惹かれたのは【ゴブリックを笑う者はゴブリックに泣く】という項目だった。
 長い歴史の上で巨獣徒はかなりの頻度で登場しているため、巨獣徒による武勇伝も少なくない。
 その中で、自分に利用出来ないものは無いかと探していく内にたどり着いた、コラムの様な記事だった。
 巨獣徒の中では雑魚キャラとして定着しているゴブリックだが、全く活躍しなかった訳では無い。
 むしろ武勇伝で言えば一番多かった。
 巨獣徒の中では最も戦闘能力が劣る故に今までの歴史でもゴブリックを操るブレインパイロットは将軍やナイトといった目立つ存在ではなく、一般兵や傭兵などが多く使用していた。
 そのため、失敗談も多く、巨獣徒の中では弱者の象徴とまで呼ばれていた。
 だが、失敗とは成功の母でもある。
 失敗談が多いという事はそれだけ、成功例も多いという事でもある。
 GランクのゴブリックがCランクやBランクの巨獣徒を倒したという例も数多く存在した。
 コツコツと巨獣徒のレベルを上げて行けば、上のランクの巨獣徒も倒せるという事の証明に他ならなかった。
 現に、将軍やナイトでも好んでゴブリックを使っていたという例も数多くあった。
 根が単純なクォンデルはゴブリックでも天下が取れると喜んだ。
 もちろん、その為には並々ならぬ努力が必要だという事は全く考えに入っていなかった。
 むしろ、逆にゴブリックの沼地に行けば、九体ものゴブリックが手に入ると浮かれていた。
 巨獣徒同士のリンクを貼ることによって、複数の巨獣徒を同時に動かす事も可能だという事も書いてあったので、全てを手に入れる事が出来るという甘い打算もある。
 そこに、複数体の巨獣徒を動かす事の難しさやリスクなどは何も考えにない。
 考えない様にしていた。
 面倒臭い事は考えない――
 そこがトリプルやクアドラプルが使えないと判断した部分なのだが、彼はそんな事は知るよしもない。
 ただ、自分の都合の良い様に解釈し、得すると思える部分だけ受け入れる。
 これは彼の今までの人生では当たり前の様に行って来たいつもの行動だ。
 時には、厳しい事を言う人間もいた。
 しかし、彼はその痛いところをつく人間の言葉には耳を傾けず、はね除けてきた。
 その結果がつまらない無様な消滅という結末だったのだが、マカフシギ家の姉妹達により命を拾うことが出来、さらに、前向きな精神も取り入れた。
 取り入れたのは良いが、元の質が邪魔をして、彼は前向きになれないでいた。
 今回もまた、同じ様に行くはずだった……
 クアドラプルに出会っていなければそうだっただろう。

 だが、トリプルはある仕掛けをするためにクォンデルをクアドラプルに引き合わせたのだ。
 クアドラプルによる思考誘導だ。
 トリプルから分かれてクアドラプルに合うための移動の繰り返しには意味があった。
 その間に少しずつ思考操作を行っていたのだ。
 クアドラプルに合うまでの移動で、クォンデルの思考調査を、クアドラプルの屋敷から放り出されるまでの移動で、思考操作を行って、吟侍のコピーの部分の思考が強く、本来のクォンデルの思考を否定するようにし向けたのだ。
 だから、クォンデルは本来選択していくべき思考に従って行動していると気持ち悪くなるようにし向けられていた。
 吟侍の思考コピーがムカムカする事として、過剰反応するのだ。
 自分の行動はバカな事――
 その答えをはっきり突きつけられ続ければどんな人間でも、自分の行動の愚かさに気付くものだ。
 間違えると解っていて、間違った行動を取るのはピエロくらいなものだ。
 ピエロだって、計算があるから、本気でそういう行動をするのは破滅主義者くらいだろう。
 彼は自身の浅はかな考えで歓喜するのと同時に自分の愚かさを突きつけられて吐くという二つの状態を同時に味わった。
「うぉえっ……うぇ……うぉおえぇっ……」
 後から後から吐き気がする。
 黙っていても二つの考えが彼の薄っぺらいプライドをズタズタにしていった。
 今、自分は栄光への道――ゴブリックの沼地への道のりを走っているはずだ。
 だけど、何もしていないのに強制的に辛い思いをさせられている感じがした。
 ちょっとでも、強いと思った敵には彼はすぐに逃げ出すだろう。
 それでは、彼は何時までも成長しない。
 そんな人間を成長させるには、無理矢理にでも試練を与えて、強制的に対処させるしかない。
 最も、それは、精神崩壊の危険性も孕んだとても危ういものだった。
 希望があるとすれば、吟侍の精神の部分。
 ただ、それだけだった。

 結果、ゴブリックの沼地に着くまでに彼は一回り成長した。
 元々、意思が弱かったので、楽な方、確固たる意思を持つ吟侍側の精神に身をゆだねる方が気持ちよかったので、そうしたという残念な成長であったが。
 強制的に成長したため、自信の裏付けがある成長ではなく、脆さを多く含んだ成長だ。
 精神的には弱いままだと言える。
 ただ、間違った選択を多少、取りにくくなったというものだが、それでも、以前の彼からすれば、大した成長だろう。
 精神的苦痛は身体にも影響する。
 彼は、目的地に着くまでに三キロ以上痩せていた。
 それでも三キロ分、目力は増した。

 再びたどり着いたゴブリックの沼地――
 そこには、新たな略奪者が来ていてゴブリックを物色していた。
 悪党との戦いで様子を見に来た者達からゴブリックの所在が明らかになり、武器商人達が運びだそうとしていたのだ。
 彼が倒した悪党が乗っていたゴブリック八体は既に巨大空中輸送機スカイガーデンに移動させられていた。
 ただ、クォンデルが操っていたゴブリックだけは、動かずに武器商人達が頭を悩ませている所だった。
 相手は巨大生物兵器――無理矢理動かそうとすれば、それこそ、この辺一帯が焦土と化してもおかしくないものなのだから。
 クォンデルは物陰に隠れて様子を窺う。
 吟侍としての精神が相手の戦力の分析を始めていた。
 敵として戦うか、それとも味方として、話し合うか、それも含めてもの凄い速度で想像を巡らせる。
 結論はすぐに出た。
 隙をついて、クォンデルが乗っていたゴブリックを奪って、そのまま離脱することだった。
 正直、武器商人達がどんな装備を持っているか解らない。
 収納した八体のゴブリックは動かないのは解っている。
 なぜなら、八体のゴブリックが動くのであれば、そのゴブリックを使って、クォンデルが乗っていたゴブリックも運び出せば良いからだ。
 それをしていないと言うことは、重たい、ゴブリックを運び出せる何かは合っても、認証がクォンデルのままのゴブリックを運び出せるものは存在しない。
 ゴブリックが最弱の巨獣徒だから、ゴブリック以上の巨獣徒も無い。
 そういう予想はついた。
 彼はその予想がついた自分に驚いていた。
 今までの彼の思考では到底たどり着かないものだからだ。
 出されたものを指示通りに処理する事は得意でも少ない情報から、隠された真実を読み取る事は不得意だったのだ。
 それだけじゃない。
 彼は的確な方法をとり、武器商人達の人数も把握していた。
 場所をいくつか変えて、何処の角度から、何人見えて、どういう行動を取っているから、32人以上34人以下だというのを推測していた。
 結論からいうと31人で、判断力に未熟な部分が残っているため、数え間違えていたのだが、ほぼ正解と言っていいだろう。
 だが、戦場においては正確に敵の数を把握出来ないという事は死を招く事でもある。
 まだ、戦場で活躍するには力量不足と言って良かった。
 それは、クォンデルも何となく解っていて、だからこそ、戦力が計れない自分が戦うべきではないと判断し、離脱という手段を選んだのだ。
 クォンデルは離脱を選んでからの行動は早かった。
 この決断力は吟侍の部分が大きかった。
 瞬時に、見張りの及ばないルートを見つけ出し、つけた泥と闇に紛れて、ゴブリックに近づき、食事の時間で見張りが一番少なくなる時を見計らって、PRCをゴブリックに接近させた。
 途中見つかった時に、PRCを急加速させて、一気にドッキングまで果たした。
 見張りが銃を乱射した事もあり、肩に軽く傷を受けたが何とかゴブリックを起動させる事が出来た。
 一瞬でも躊躇していたら、恐らくクォンデルは撃ち殺されていただろう。
 決断に従い、迷いなく、行動出来た事が彼の離脱計画を成功させるまでに至ったのだ。
 見張りが騒ぎ立てた事により、武器商人達には全員気付かれたが、退避するついでに、積んであったゴブリックをもう一体、担いで逃げ去る事が出来た。
 逃げの一手で、何処までも離れていったので、あっという間に武器商人の一団から逃げおおせた。
 とはいうものの、数十メートルの巨体が二つあるため、隠れるのも楽ではない。
 ゴブリックの足跡は残っているし、追っ手はいずれやってくるだろう。
 一旦、海や湖に入って足跡を消そうとも思ったが、すぐに、でかすぎて無意味だという結論に達した。
 だとすれば、迎え撃つしかない。
 それ以外に、このゴブリックを手にする事は出来ないのだから。
 少なくとも、武器商人達を何とかしなくてはならないのだ。
 だが、武器商人達とまともに戦える戦力は無い。
 クォンデル一人で何とかなるとは思えないからだ。
 彼は、PRCのデータを読みあさった。
 何かヒントでも無いかと思って読み返していた。
 無い、無い、無い、ここにはない。
 無い、無い、無い、ここにもない。
 何処だ? 何処にある?
 何か無いか、ヒントになる出来事、物何でも良い……
 クォンデルは思考を巡らせる。
 自身の思考力の高さに驚きつつも答えとなる部分を探して今まで合った事を思い返す。
 その思考方法がヒントをくれた。
 トリプルとの会話だ。
 巨獣徒は宇宙で戦うものだと言っていた。
 元々、星での戦闘を考えて産まれたものではないのだ。
 その余りにも高い戦闘力が星のレベルに収まる筈もない。
 そう、巨獣徒とは元々宇宙戦闘用の生物兵器なのだ。
 だったら、隠れるべきは山の影や海の底ではない。
 宇宙空間に移動するべきだ。
 だが、ゴブリックには宇宙空間まで移動する手段がない。
 星の重力に引かれてしまって、飛べないゴブリックが宇宙空間まで移動する事が出来ないのだ。
 ここで、今までのクォンデルならば諦めていただろう。
 だが、今のクォンデルは違っていた。
 リンクを使えば、複数体の巨獣徒を操ることが出来る――
 この情報をヒントに担いできたもう一体のゴブリックとのリンクを試みる。
 試みた途中で、彼には、複数体のゴブリックを操るだけの技量が無いという事実に直面する。
 それでも、彼は諦めずにリンクを試みた。 
 そう、諦めなかった者には、後で何かしらのチャンスが来ることもあると解っているからだ。
 吟侍の精神の部分がそう告げる。
 今まで、吟侍の精神に従って、間違っていたことはない。
 今はそれを信じて、リンク作業を続けた。
 時間は刻々と過ぎて来て、ついに、武器商人達の追っ手が追いついてきた。
 見ると、七体のゴブリックが動いている。
 PRCをどこかから調達してきて、動かしたのだろう。
 追っ手が近づいてくる恐怖と何とかなるという希望。
 その二つと戦いながら彼は作業を続け、ついにリンク作業を完了した。
 そして、彼の取った方法は、反発力を利用するというものだった。
 ゴブリックにも属性があり、彼が操るのは火の属性、担いで来たゴブリックの属性は水である。
 複数体動かす事は出来ないが、起動までは出来る。
 起動する事により、リンクは可能だが、そこで、火の属性と反対の属性である水の属性では拒絶反応が出る。
 そこに反発力というエネルギーが生まれる。
 その反発力を上手く天空に向けて、利用出来れば、ゴブリックを宇宙空間まで運ぶ事が出来ると考えたのだ。
 芦柄 吟侍はその発想力の高さから、どんな状況でも少ない素材から、新たな方法を考え出せるという。
 その発想力を信じた事により、クォンデルは宇宙空間への離脱という方法を導き出せたのである。
 ギリギリの所で、二体のゴブリックを起動し、その反発力を利用して、クォンデルと火のゴブリックは宇宙空間へと飛び出せた。
 追っ手のゴブリックの攻撃により、水のゴブリックとのリンクは切られてしまったが、彼が、ゴブリックを手にすることには成功した。
「はぁはぁはぁ、ぜぇはぁ…うぇっ……」
 自分の思考に感情が追いつかず、再び吐き気をもよおすクォンデルだったが、それでも、彼の成長への第一歩は初められたのだった。

 その光景を遠くの方で見ていたトリプルとクアドラプルは――
「首の皮一枚繋がったね。伸びるのはこれからだ。たっぷり揉まれてくるといい……」
「まだ、途中で死んでしまう可能性の方がずっと高いけど、それでも、1%も無かった最初の生存率からは大きな進歩ね。勝者に化けるか、敗者となって消え去るかはまだ、解らないわね」
 とつぶやいた。

 彼はまだ、壁となる存在とは出会っていない。
 彼が、本当に苦労するのはその壁となる存在達が彼の前に立ち塞がって来てからだ。
 彼が、どのようにはい上がってくるかはまだ、解らない。
 武装も最下級。
 目指すエルフェリアは影も形も見つからない。
 だが、確かに彼は冒険への第一歩を踏みしめた。
 取るに足らない小物から、大物へと化けるための階段を上り始めた。

 今は、ただ、疲れて眠るだけ――

 次なる目的地、次なる星に到着するまで、少しの睡眠を取ろう……

 続く。


登場キャラクター説明


001 クォンデル・ラッシュアワーダ
クォンデル・ラッシュアワーダ
 この物語の主人公。
 享年34才。
 生まれ変わり17才の肉体と34才の知能に加えて、僅かではあるが芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)の思考能力をレリラルに強引に植え付けられた。
 生まれ変わる前の若い頃、勉強だけは出来たが、応用力は無く、勉強の面でも上には上がいる事を知り、その後挫折。
 就職しては転職を繰り返し、最後はこそ泥にまで身を落とす。
 悪いのは全部、世の中という後ろ向きな考えと、何もない所から活路を見いだせる吟侍の考えがぶつかり常に頭を悩ませるようになる。
 レリラルによる能力変換効果をうけて巨獣徒(きょじゅうと)という巨大生物兵器を動かせるようになる。
 エルフェリアという謎の巨獣徒を追っていく事になる。


002 ロ・レリラル・マカフシギ
ロ・レリラル・マカフシギ
 数少ない全能者オムニーアの生き残り、マカフシギ四姉妹の長女で自分やターゲットの設定を変更したり能力許可を出したりする能力を持つ。
 マカフシギ家の当主であり、現在、セカンド・アースにあるメロディアス王家の第四王女シンフォニアとして自身の設定を変更して潜入中。
 末の妹、フェンディナが宿す10番の化獣(ばけもの)ティルウムスだけでは最強の化獣である13番のクアンスティータに挑むには心もとないとして、四番の化獣であるクルムレピタークの戦力、巨獣徒に目をつける。


003 ジェンヌ・マカフシギ
ジェンヌ・マカフリギ
 数少ない全能者オムニーアの生き残り、マカフシギ四姉妹の次女で全てを見通す情報網、スーパーアーカイブを持つ少女。
 姉のレリラルのサポートをするために、メロディアス王家の侍女として潜入中でもある。
クルムレピタークの戦力、巨獣徒が様々な星にほったらかしになっているという情報は彼女が調べたものでもある。
 解らない事は無いはずだが、それでも解析不能と出てしまう化獣という存在を姉妹達の中では一番恐れている。
 情報を駆使した結果、全能者オムニーアは1番の化獣ティアグラの手により、13番の化獣クアンスティータの生け贄に出された事を知った。
 いち早く知ることが出来たため、生き残る事に成功した。


004 ナシェル・マカフシギ
ナシェル・マカフシギ
 数少ない全能者オムニーアの生き残り、マカフシギ四姉妹の三女で出てしまった結果をねじ曲げる力を持つ少女。
 起きてしまった結果をねじ曲げる事ができるため、マカフシギ家の屋敷の一つに忍び込んで存在を抹消されてしまった、クォンデルの結果をねじ曲げ、完全消滅という結果を転生という結果に変えた。
 ジェンヌ同様に姉のサポートの為にメロディアス王家の侍女として潜入している。
たまに一人単独行動をしている末の妹フェンディナの様子を見に行っている。


005 芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)
芦柄 吟侍
 ファーブラ・フィクタの主人公であり、最強の化獣クアンスティータに唯一対抗出来る力を持っているとされている少年。
 対クアンスティータの切り札として、マカフシギ四姉妹の長女レリラルに目をつけられている。
 そのため、彼の情報を調べて、その情報をクォンデルに移したが、ほんの僅かな情報しか移せなかった。
 化獣同様に解析不能の存在。
 本編の主人公、クォンデルとは真逆の考え方を持っていて、彼の心に住む部分が強く反発して苦しめるが、その反対意見に従うと成功したりする事の方が多い。


006 ゴブリック(ZAC-O-Goblick)
ゴブリック
 4、50メートルもある巨体を持つ生物兵器、巨獣徒(きょじゅうと)の一体。
 巨獣徒の中では最低ランクであるGランクに位置するためクォンデルに雑魚扱いを受けるが、とても雑魚とは思えない程の力を示す。
 雑魚というより、その辺の物語では間違いなくラスボスクラスの破壊能力を持っている。
元々、星内での戦闘用ではなく、巨獣徒での戦いは宇宙空間の超空洞ボイドあたりで戦うのがマナーとされている。
 最も弱い巨獣徒だが、最も多くの戦績を残しているのもこのゴブリックである。
 ゴブリックを笑うものはゴブリックに泣くという言葉も存在する。
 ゴブリックにもいくつかタイプがあり、クォンデルが操るのは赤い目玉のファイヤータイプ。


007 トリプル
トリプル
 化獣に連なる強者としては10番の化獣ティアグラで言えばフェンディナに当たる10人兄弟の三番目の少年。
 少女にも見える綺麗な顔だちをしている。
 ゴブリックを遙かに上回る巨獣徒ベリアルヴィを操る。
 ベリアルヴィに限らず、上位巨獣徒の大半はこのトリプル達兄弟がほぼ独占状態でもある。
 10番の化獣ティルウムスの刺客として現れたクォンデルの様子を見に来て彼がただの被害者だと知り、逆に取り込もうとレリラルの与えた楔を断ち切る。
 その後、妹のクアドラプルに引き合わせるなどして、クォンデルの成長を見守る事になる。


008 ベリアルヴィ(BOS-S-Belialevy)
ベリアルヴィ
 トリプル専用の巨獣徒でランクはD。
 ゴブリックよりも禍々しい姿をしている。
 素人のクォンデルですら、その力が圧倒的でゴブリックなどまるで問題にならない力を秘めている事を感じ取れた程の力を秘めている。
 銀河系の一つや二つ、簡単に消し飛ばせる力を持っている。
 雄型の巨獣徒には珍しいサブアタックシステムをもっている。
 それはオールイータータイプという近づく敵の装甲などを喰らう凶悪な兵器でもある。




009 クアドラプル

 化獣に連なる強者としては10番の化獣ティアグラで言えばフェンディナに当たる10人兄妹の四番目の少女。
 本質を見通すという事に関しては兄、トリプルを遙かに凌駕する。
 トリプルから彼女に出会うまでの時間でクォンデルの本質を見抜き、そのままでは取り込んでも邪魔にしかならないただのクズという判定を下す。
 ただし、隠れている要素(芦柄 吟侍の部分)を上手く育てれば、強力な戦力に化ける可能性もあるとして、まずは、世間の荒波にもまれる事が必要だと判断し、彼女と出会ってから放り出されるまでの間に、クォンデルの精神をいじくり、吟侍としての部分を強化した。